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2月20日(金曜日)、友田典弘(ともだ つねひろ)さんと吾郷修司さんをお招きし、「平和について考える会」の講演会を行いました。友田さんは、広島で被爆した原爆被爆者であり、爆心地から500メートル以内で生存した最後の一人とされる人物です。被爆孤児としての過酷な経験と朝鮮戦争を生き延び、その人生を語り継ぐ語り部としても知られる方です。この度、友田さんのご体験を元小学校教諭の吾郷修司さん(本校にもご勤務されていました)による絵本『そのときぼくは9さいだった』として出版され、今回はそのお二人にお越しいただきました。絵本には、被爆と孤児としての人生が描かれており、4年生以上は、朝の読み聞かせで内容を読んでいました。
吾郷先生から、今日の講演では「なぜ友田さんは生き残ることができたのか」について考えながら、聞いてほしいとお話がありました。
吾郷先生の具体的な説明や、写真、地図などで当時の様子や悲惨さが伝わってきました。友田さんご自身により語りから、友田さんの当時の思いや考え方、また力強さなどを感じることができました。どの児童も想像を巡らせながら考えることができていたと思います。
また、地域の方も聞きに来てくださり、子どもたちと一緒に考えてくださいました。
どの児童もだんだん身を乗り出すようにして聴き入り、中にはメモを取りながら聴いている児童もいました。
休憩時間になると、友田さんに握手を求める児童やサインをもらう児童がいました。吾郷先生との久しぶりの再会も喜んでいました。
ご講演の最後に「なぜ友田さんは生き残ることができたのか」について、児童が発表しました。「奇跡的な人との出会いをしたから」「友田さんが正直だったから」「努力したから」「一生懸命働いたから」などたくさんの意見が出ました。吾郷先生からは「どれも大事な視点。どの角度から物事を見るか、どんな見方ができるのかこれからも考えてほしい」とお話がありました。
ご講演の御礼にみんなで歌のプレゼントを贈りました。
友田さんは90歳になられる方です。爆心地から500メートル以内で生存している唯一の人物とされ、体力の許す限り被爆証言を続けていらっしゃるそうです。友田さんの生涯は、二度の戦争を生き延びた「命の証人」として、広島の記憶を未来へつなぐ象徴的存在として、かけがえのない方であると感じました。そして、吾郷先生は、友田さんの生涯を通して子どもたちへ平和について考える契機を与えてくだ際ました。当時の悲惨さを語られるとき「それが戦争なんだ」と何度もおっしゃるお姿が、非常に印象的でした。
子どもたちに想いが受け継がれることを、切に願います。遠いところお越しくださり、本当にありがとうございました。